千里ニュータウンの現在
2018.03.04
千里ニュータウンが誕生して55年以上が経ちました。その間に少子・高齢化や建物の老朽化などが進みましたが、多様なライフスタイルを求める人々が暮らす場所となるべく、千里ニュータウンでは新しい街づくりが取り組まれています。
街びらきから半世紀が経過
1962年の街びらきからはじまった千里ニュータウン。住民はそれぞれの暮らしを楽しみ、さまざまな地域活動や市民活動を通して、街は大きく成長していきました。その一方で、人口は1975年の約13万人をピークに、2005年には約9万人まで減少。少子・高齢化の進展、建物の老朽化、近隣センターの衰退など、さまざまな課題がみられるようになりました。
しかし、日本初のニュータウンとして注目された千里ニュータウンは、街の再生にもいち早く取り組みます。2007年には「千里ニュータウン再生指針」が策定され、ニュータウンらしい開放感を残しながらも、立地の良さをいかした新しい住民を呼び込むための道筋がつけられました。
その結果、老朽化した団地の建て替えや民間マンションの建設が進み、人口や児童数はわずかながら増加。千里ニュータウンはさまざまな課題を抱えながらも、地域一体となって新しいまちづくりに取り組んでいます。
千里ニュータウンの再生理念
自動車の普及によって人々の活動は広域化・個別化し、価値観やライフスタイルは多様化しました。千里ニュータウンでは、新旧の住民がいずれも満足できる生活の場になることを願って、千里ニュータウン再生のための4 つの理念を掲げています。
理念の1つめは、「住民が生活していることを重視」すること。これまで千里ニュータウンで生活してきた住民が、これからも愛着をもって住み続けることができる街であることを重視します。
2つめは、「将来、住民となる次世代のことを重視」すること。新しい住民など次世代の千里ニュータウンを担う人々が魅力を感じ、住んでみたい、住み続けたいと思える街をめざします。
3つめは、「グレーター千里の中心として、新しいものを生みだす先導性を重視」すること。つまり、多くの学術・研究施設などが立地する千里の中心である千里ニュータウンが、学術的・国際的な交流の場として、新しいものを生みだす可能性を育んでいくということです。
最後は、「コミュニケーションと再生のプロセスを重視」すること。コミュニケーションをはかりながら街づくりの方向性を話しあい、自分たちでできることに取り組むことで、市民主体の街づくりを進める再生プロセスが実現していくことを重視します。
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千里ニュータウンの街路には、歩行者専用道と車道を分離した「歩車分離システム」が敷かれているため、住民にとって安心・安全な環境です。ウォーキングやジョギングが気軽に楽しめるため、住民の健康促進にも役立っています。